2020年9月7日(日本時間8日早朝)は、日本にとって歴史的な一日となった。最終号となる今回は、留学の集大成という事もあり、約1年間、IOC(国際オリンピック委員会)の近い所で「オリンピック」や「招致の情勢」を学んできた身として、東京五輪決定の勝因と今後の日本スポーツ界に求められる事を最後のテーマとして考察したいと思う。
東京の勝因は?
内部環境 外部環境
東京五輪開催決定以降、国内メディアの報道の仕方として最終プレゼンとロビー活動が東京の勝因として強調されていると思うが、振り返ってみると様々な要因があり、東京の勝因を述べるには、短期的な視点ではなく、長期的な視点で述べるべきだと考える。従って、上記の図を使い、東京の勝因について分析してみた。
まずは、2020東京招致委員会が変える事ができる内部環境と変える事ができない外部環境に分けてみた。
内部環境の強みから観てみると、招致イヤー前の自民党の圧勝による政府の安定はオールジャパン体制をより強固なものにした。政府の財政保障と東京の経済力を示す20社の国内スポンサーの確保は、東京五輪開催の「安心・安全・確実」を示すのに十分であっと考えられる。また、イスタンブールとマドリードのプレゼンの質問に、ドーピング問題が取り上げられ、IOC委員がドーピング問題を非常に気にしている事が明確であった。それに対する東京の反ドーピング精神の評価、ゼロ実績という数字の説得力が大きくプラスになったと思う。
反対に、内部環境の弱みを観てみると、2016年時に最後の最後まで国内支持率の低さが弱点に挙げられてきた。2020年時は、2013年3月に成熟都市としては評価される支持率70%という数字にもっていった事で弱点を克服したと思う。そして、2016年時にはロビー活動が弱いと指摘されていたが、今回のロビー活動では、影響力のあるIOC委員アハマド氏、IOC新会長になったトーマス・バッハ氏、8社中5社が日本企業のスポンサーである国際陸上連盟のディアク会長(セネガル)を味方にすることができた事は大きな強みであったと思う。また、最終プレゼンでは、過去の招致活動では見られなかった情熱的な演説もあり、最も懸念されていた汚染水問題の質問についてもIOC委員が納得するような回答であったのではないだろうか。
一方で、外部環境の機会を観ると、2020年にスポーツ大国・強豪国の五輪招致立候補が無かったのは本当に大きな要因だったと思う。IOCとの放映権が片付いていなかったアメリカ、2024年に100周年記念開催を目指すフランス(パリ)、2011年に招致を断念した南アフリカ、中東勢。仮に、この中のどこかの国が一国でも入ってくるだけでより厳しい戦いになっていたと予想される。また、「レスリングの除外候補問題」によってIOC委員のIOC理事に対する反発が起こった事で、IOC内では「バランス」という言葉が意識されるようになった。その「バランス」が再認識された事によって、12年振りのIOC新会長が欧州出身者に決まるだろうという流れの中で、開催都市は欧州以外でという流れになった事は幸運だったと思う。
最後に、外部環境の脅威を観ると、IOC本部のあるローザンヌでは、間違いなく反政府デモが起こる5月まではイスタンブールが招致をリードしていると感じた。IOC大学院にもイスタンブール招致関係者が講義に来る事が多く、彼らも自信に満ち溢れ、イスタンブールが2020年五輪開催地の本命であるという話を散々聞かされた。しかし、反政府デモが続いた6月下旬に、今度は、卒業生であるIOCとIFs(国際スポーツ連盟)の職員から、マドリードが浮上しているという噂を聞くようになり、その勢いに東京は最後の最後まで苦しめられる事になったのではないか。
以上、様々な観点から要因を観てみるとすべてが重要な勝因になり、内部環境と外部環境の両方の視点を理解し、総合的に考える事が重要である。今回の東京招致を一言でまとめると「内部環境のオールジャパン体制での本気の招致活動と外部環境の立候補したタイミング」という要素がうまく合致し、東京に流れを引き寄せたのではないかと思う。
最終プレゼン、海外の反応
2020年東京五輪開催が決定するとローザンヌのスポーツ関係者・同級生から祝福のメッセージが届いた。そのメッセージで共通して言える事は、日本人らしからぬ情熱的で、かつ感動的なプレゼンであったという事だ。JOC竹田会長の「Vote for Tokyo」を繰り返し訴えていた事、「本来、日本人は遠まわしに物事を言いがちだけど、あのストレートな訴えには仮に自分がIOC委員だったら心を動かされていたと思うよ。」という意見も聞く。東京の最終プレゼンは、海外の人達にとって、良い意味でサプライズだったと言えるのではないか。
今後の日本スポーツ界に求められる事
今後の日本スポーツ界の発展の為に、するべき事はたくさんあると思うが、私自身ローザンで約一年間過ごしてきた身として、以下の二点の重要性を感じる。
まず、一点目は、スポーツ環境をマネジメントできる人材育成である。
これは、トップアスリートを育成するという意味ではない。選手育成の投資は今後も引き続き行われると思うが、私はそれよりも大事なのは健全なスポーツ環境を作り出せるスポーツマネージャーの育成が必要だと考える。それには、海外で活躍する人材と国内で活躍する人材の育成の二通りがあるのではないか。
一つ目は、海外で活躍できる人材の育成。今後7年間、世界のスポーツ界とコミュ二ケーションを取る機会が増える中、世界のスポーツ事情を熟知し、コミュ二ケーション能力を発揮する人材が必要になる事は間違いないと思う。私自身、ローザンヌに約1年間住んでみて、IOC・オリンピックスポーツであるIFsで働く日本人職員が一人もいない現状を目の当たりにし、IOC・IFsの本部が集中するローザンヌに、活きた情報を収集する為にも現地で日本人が活躍する必要があると考える。例えば、スポーツの国際ルールは、ローザンヌで決まると言っても過言ではない。その場にいなければ、過去の例(スキー・柔道・バレーボール等)のように、日本人に不利なルールに作りかえられる事に抵抗できなくなる。日本のスポーツ環境をうまくマネジメントする意味でも選手以外のマネジメントできる人材に対する投資も必要なのではないか。
そして、二つ目は、国内の人材育成。NFs(国内スポーツ連盟)・リーグ・チームといったスポーツ団体側に経営感覚・マネジメントをできる人材を育成するべきだと考える。それが、スポーツ文化の浸透に繋がっていくのではないだろうか。
次に重要視する点は、2020年東京五輪開催では、成熟都市としてのソフト面に重きを置いたレガシープランを作り出す事が大事だと思う。
日本が成熟する過程で必要だった64年東京五輪は、ハード面のインフラ整備を強化し、東海道新幹線や国立競技場が出来きた。64年に作られたハード面のレガシープランは今も引き継がれている。しかし、今の時代に大切なのは心のレガシープランではないか。例えば、長野の一校一国運動(市内の小学校が一つの国を決め、相手の国や地域を調べるなど、その国からやってきた選手を学校に招いて交流をはかる運動)が開催から15年以上たった今も続いており、2020年の東京五輪でも継続していこうという話がある。
また、スポーティングレガシーの観点から言えば、「スポーツを通した若者の教育」は、携帯電話・インターネットでのゲームの普及に伴い、若者の肥満率の増加・運動する機会の減少に役立つと思う。さらに、その集大成として、2030年~40年にユースオリンピックゲームの日本への招致も考えてみるのも一つだと考える。
同時に、若者だけではなく、世界に先駆けて高齢化社会を迎えている日本にとって、生涯スポーツに重きを置く必要もあると思う。4年ごとに開催される中高年齢者のための世界規模の国際総合競技大会、ワールドマスターズの招致も目指すべきではないか。日本で国際大会が開催されるという事は、開催する側の当事者意識が強くなる為、自ずと若者・中高年者の英語教育にも力が入り、スポーツに対する意識が高まるのではないだろうか。まさしく、日本が目指すスポーツ大国に近づけると考える。
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