2013年9月17日火曜日

東京五輪決定の勝因と今後の日本スポーツ界に求められる事


202097日(日本時間8日早朝)は、日本にとって歴史的な一日となった。最終号となる今回は、留学の集大成という事もあり、約1年間、IOC(国際オリンピック委員会)の近い所で「オリンピック」や「招致の情勢」を学んできた身として、東京五輪決定の勝因と今後の日本スポーツ界に求められる事を最後のテーマとして考察したいと思う。


東京の勝因は? 

                            内部環境                             外部環境


 東京五輪開催決定以降、国内メディアの報道の仕方として最終プレゼンとロビー活動が東京の勝因として強調されていると思うが、振り返ってみると様々な要因があり、東京の勝因を述べるには、短期的な視点ではなく、長期的な視点で述べるべきだと考える。従って、上記の図を使い、東京の勝因について分析してみた。
 
まずは、2020東京招致委員会が変える事ができる内部環境と変える事ができない外部環境に分けてみた。

内部環境の強みから観てみると、招致イヤー前の自民党の圧勝による政府の安定はオールジャパン体制をより強固なものにした。政府の財政保障と東京の経済力を示す20社の国内スポンサーの確保は、東京五輪開催の「安心・安全・確実」を示すのに十分であっと考えられる。また、イスタンブールとマドリードのプレゼンの質問に、ドーピング問題が取り上げられ、IOC委員がドーピング問題を非常に気にしている事が明確であった。それに対する東京の反ドーピング精神の評価、ゼロ実績という数字の説得力が大きくプラスになったと思う。

反対に、内部環境の弱みを観てみると、2016年時に最後の最後まで国内支持率の低さが弱点に挙げられてきた。2020年時は、2013年3月に成熟都市としては評価される支持率70%という数字にもっていった事で弱点を克服したと思う。そして、2016年時にはロビー活動が弱いと指摘されていたが、今回のロビー活動では、影響力のあるIOC委員アハマド氏、IOC新会長になったトーマス・バッハ氏、8社中5社が日本企業のスポンサーである国際陸上連盟のディアク会長(セネガル)を味方にすることができた事は大きな強みであったと思う。また、最終プレゼンでは、過去の招致活動では見られなかった情熱的な演説もあり、最も懸念されていた汚染水問題の質問についてもIOC委員が納得するような回答であったのではないだろうか。
 
一方で、外部環境の機会を観ると、2020年にスポーツ大国・強豪国の五輪招致立候補が無かったのは本当に大きな要因だったと思う。IOCとの放映権が片付いていなかったアメリカ、2024年に100周年記念開催を目指すフランス(パリ)、2011年に招致を断念した南アフリカ、中東勢。仮に、この中のどこかの国が一国でも入ってくるだけでより厳しい戦いになっていたと予想される。また、「レスリングの除外候補問題」によってIOC委員のIOC理事に対する反発が起こった事で、IOC内では「バランス」という言葉が意識されるようになった。その「バランス」が再認識された事によって、12年振りのIOC新会長が欧州出身者に決まるだろうという流れの中で、開催都市は欧州以外でという流れになった事は幸運だったと思う。

最後に、外部環境の脅威を観ると、IOC本部のあるローザンヌでは、間違いなく反政府デモが起こる5月まではイスタンブールが招致をリードしていると感じた。IOC大学院にもイスタンブール招致関係者が講義に来る事が多く、彼らも自信に満ち溢れ、イスタンブールが2020年五輪開催地の本命であるという話を散々聞かされた。しかし、反政府デモが続いた6月下旬に、今度は、卒業生であるIOCIFs(国際スポーツ連盟)の職員から、マドリードが浮上しているという噂を聞くようになり、その勢いに東京は最後の最後まで苦しめられる事になったのではないか。

以上、様々な観点から要因を観てみるとすべてが重要な勝因になり、内部環境と外部環境の両方の視点を理解し、総合的に考える事が重要である。今回の東京招致を一言でまとめると「内部環境のオールジャパン体制での本気の招致活動と外部環境の立候補したタイミング」という要素がうまく合致し東京に流れを引き寄せたのではないかと思う。

最終プレゼン、海外の反応

2020年東京五輪開催が決定するとローザンヌのスポーツ関係者・同級生から祝福のメッセージが届いた。そのメッセージで共通して言える事は、日本人らしからぬ情熱的で、かつ感動的なプレゼンであったという事だ。JOC竹田会長の「Vote for Tokyo」を繰り返し訴えていた事、「本来、日本人は遠まわしに物事を言いがちだけど、あのストレートな訴えには仮に自分がIOC委員だったら心を動かされていたと思うよ。」という意見も聞く。東京の最終プレゼンは、海外の人達にとって、良い意味でサプライズだったと言えるのではないか。

 
 

 
今後の日本スポーツ界に求められる事
 
今後の日本スポーツ界の発展の為に、するべき事はたくさんあると思うが、私自身ローザンで約一年間過ごしてきた身として、以下の二点の重要性を感じる。
まず、一点目は、スポーツ環境をマネジメントできる人材育成である。

これは、トップアスリートを育成するという意味ではない。選手育成の投資は今後も引き続き行われると思うが、私はそれよりも大事なのは健全なスポーツ環境を作り出せるスポーツマネージャーの育成が必要だと考える。それには、海外で活躍する人材と国内で活躍する人材の育成の二通りがあるのではないか。

一つ目は、海外で活躍できる人材の育成。今後7年間、世界のスポーツ界とコミュ二ケーションを取る機会が増える中、世界のスポーツ事情を熟知し、コミュ二ケーション能力を発揮する人材が必要になる事は間違いないと思う。私自身、ローザンヌに約1年間住んでみて、IOC・オリンピックスポーツであるIsで働く日本人職員が一人もいない現状を目の当たりにし、IOCIsの本部が集中するローザンヌに、活きた情報を収集する為にも現地で日本人が活躍する必要があると考える。例えば、スポーツの国際ルールは、ローザンヌで決まると言っても過言ではない。その場にいなければ、過去の例(スキー・柔道・バレーボール等)のように、日本人に不利なルールに作りかえられる事に抵抗できなくなる。日本のスポーツ環境をうまくマネジメントする意味でも選手以外のマネジメントできる人材に対する投資も必要なのではないか。

そして、二つ目は、国内の人材育成。NFs(国内スポーツ連盟)・リーグ・チームといったスポーツ団体側に経営感覚・マネジメントをできる人材を育成するべきだと考える。それが、スポーツ文化の浸透に繋がっていくのではないだろうか。
 
次に重要視する点は、2020年東京五輪開催では、成熟都市としてのソフト面に重きを置いたレガシープランを作り出す事が大事だと思う。
 
日本が成熟する過程で必要だった64年東京五輪は、ハード面のインフラ整備を強化し、東海道新幹線や国立競技場が出来きた。64年に作られたハード面のレガシープランは今も引き継がれている。しかし、今の時代に大切なのは心のレガシープランではないか。例えば、長野の一校一国運動(市内の小学校が一つの国を決め、相手の国や地域を調べるなど、その国からやってきた選手を学校に招いて交流をはかる運動)が開催から15年以上たった今も続いており、2020年の東京五輪でも継続していこうという話がある。
 
また、スポーティングレガシーの観点から言えば、「スポーツを通した若者の教育」は、携帯電話・インターネットでのゲームの普及に伴い、若者の肥満率の増加・運動する機会の減少に役立つと思う。さらに、その集大成として、2030年~40年にユースオリンピックゲームの日本への招致も考えてみるのも一つだと考える。
 
同時に、若者だけではなく、世界に先駆けて高齢化社会を迎えている日本にとって、生涯スポーツに重きを置く必要もあると思う。4年ごとに開催される中高年齢者のための世界規模の国際総合競技大会、ワールドマスターズの招致も目指すべきではないか。日本で国際大会が開催されるという事は、開催する側の当事者意識が強くなる為、自ずと若者・中高年者の英語教育にも力が入り、スポーツに対する意識が高まるのではないだろうか。まさしく、日本が目指すスポーツ大国に近づけると考える。

2013年9月4日水曜日

IOC総会の結果はどうなるのか?


(Source from 時事通信社)
いよいよ、2020年夏季五輪開催都市の決定まであと3日となった。もう既に東京の招致関係者も国際オリンピック委員会(IOC)総会が開かれるブエノス・アイレス(アルゼンチン)に入り、最後のロビー活動をしている頃だろうか。「4年前の雪辱」を果たしたい東京、今回で「3回目の五輪招致」となるマドリード、「イスラム圏初」の五輪開催を望むイスタンブールの3都市が接戦を繰り広げている。勝負の行方はどうなるのか?

 様々な情報を分析した結果、あくまでも個人的な主観になるが、今回のIOC総会で決まる、1)2020年夏季五輪開催都市 2)2020年夏季五輪からの競技 3)新IOC会長選を予想してみようと思う。

 まずは、その前にブエノス・アイレスで開かれるIOC総会のスケジュール(現地時間)をもう一度確認しておきたい。IOC総会は、ブエノスアイレス・ヒルトンが会場となり、

1)9月 7日 2020年夏季五輪開催都市の決定
2)9月 8日 2020年夏季五輪からの競技の採用
3)9月10日 第9代IOC会長の選出

以上のスケジュールで103名のIOC委員によって決定される。
※開催都市の決定に関しては、立候補都市(国)のIOC委員(東京1人、マドリード3人、イスタンブール1人)とロゲ会長は投票できないので最大97人のIOC委員の投票となる。

  では、IOC総会の最初の決定事、2020年夏季五輪開催都市はどこに決まるのか?

    正直、接戦という事もありかなり予想は難しいが、1回目の投票では、東京35票、マドリード35票、イスタンブール27票(もちろんプラスマイナスはある)計97票の僅差で東京とマドリードが2回目の決選投票に行くと考えられる。ここでのポイントは、1回目の投票で一番になる事が重要ではない。1回目は、僅差になる為、まずは、1回目で落選しない事が何よりも大事なのである。そして、2回目の決選投票で重要な事は、1回目の上位2都市は僅差になる事が予想される為、1回目で落選した都市に投票したIOC委員の票をいかに決選投票で票を得る事ができるようにロビー活動・交渉ができているかである。それができている都市が最後に勝つだろう。

   個人的な見解としては、そもそもマドリードの強力なロビー活動でマドリードへの投票を決めているIOC委員は1回目で投票してくる可能性が高く、2016年のリオジャネイロとマドリードにあったラテン同盟票という分かりやすい助け合いは今回ないように思う。従って、2回目で正当な評価(自由投票)という流れになれば、東京が有利になるのは間違いない。理由として、マドリードは経済不安を抱えているからだ。IOCの現状を考えれば経済不安というのは何よりも大きな問題である。スペイン経済は、今年の4月~6月期のGDP成長率こそマイナス0.1%とマイナス幅が縮まっているが、失業率は全体で25%を越え、若者に関しては50%を上回り、景気回復の兆候が見えない事態は深刻である。クラスメイトのスペイン人も、正直、支持率ほど五輪招致は盛り上がっていない、そして、その前に深刻である雇用対策に集中して欲しいという意見である。

 さらに、14年ソチ五輪は、当初予算の100億ドル(1兆円)から500億ドル(5兆円)になる見込みで当初予算の5倍費用がかかる予定となっている。この金額は、これまでのオリンピックの中で最も高い大会費用となる。一般的に、オリンピックの予算は平均して当初予算の約1.8倍超過する傾向がある。成熟都市での開催であったロンドン五輪でさえ、当初予算の3倍以上の予算がかかり、16年リオ五輪も当初予算を大幅に越えるだろうと予想される。現在、五輪開催に費用がかかりすぎている点はIOCの一番の悩みだろう。マドリードは、いくら低予算を打ち出しているからといっても、準備金が不足する可能性も十分に考えられ、IOC委員の頭の片隅に危機感は残っているはずだ。一方で、東京は、約4000億円の開催準備金も既に確保しており、政府による強固な支援を受けているという現実的な判断に最後は有利に動くように思う。それほど、IOCは新会長が決まる前のタイミングで大きなリスクは取りたくないという考えなのではないか。従って、2020年夏季開催都市は東京に決まる事を予想したい。

   2020年夏季開催都市が決まるポイントは他にもある。以下の三点を挙げたい。

   まずは、1)最終プレゼンテーション(以下:プレゼン)である。
   恐らく、何票かはまだ開催地を決めていないIOC委員の票はあるのではないかと思う。いわゆる、浮動票である。これは、必ず毎回何票かはあると聞く。だったらその浮動票は何できまるのか?それは、最後の印象、つまり、最終プレゼンの印象である。2012年の当時ロンドン五輪招致委員会の委員長であったセバスチャン・コー氏が、当時パリ優勢の中、若い世代へのスポーツの盛り上がりを前面に出し、他の都市と一味違ったプレゼンを行いIOC委員に良い印象を与えたのが勝因の一つだと言われている。従って、最終プレゼンは、最も大事なプレゼンなのである。また、同時に、誰が最終プレゼンに登壇するのかも重要である。今回、皇族である高円宮妃の久子さまの最終プレゼン登壇は、2016年五輪招致時になかった事であり、東京五輪招致にプラスになる事は間違いない。

   また、2)IOCに絶大な影響力があるアハマドIOC委員(クウェート)とIOC委員に顔が利き、スポーツアコードの会長、そして、国際柔道連盟の会長でもあるビゼール氏(ルーマニア)が最終的にどの都市をサポートし、どういう動きをするのかというのも大きなポイントである。

 そして、3)日中韓関係、アジア票の支持も大事である。IOC委員である国際武術連盟の于再清(ウ・サイセイ)会長(中国)がIOC理事をおさえているように(※下図参照。スポーツアコードでの武術票は1回目を除き最後まで4票は堅かった)、また、アフリカにも影響力のある中国のIOC委員の動向が気になる所である。しかし、一方で、FIVB(国際バレーボール連盟)で会長を務めた経験もあり、中国オリンピック委員会の事務総長を務めた事がある魏記中(ウェイ・ジジョン)氏は中国のIOC委員とも繋がりが強いと聞く。彼の下で働いた事がある中国オリンピック委員会に在籍するクラスメイトは、「魏記中(ウェイ・ジジョン)氏は東京が有利という見解を持っている」と教えてくれた。最後まで、中国のIOC委員の動きから目が離せない。


                                           (Source from 朝日新聞)

      次は、残り一枠のスポーツ競技。5月のスポーツアコードで行われた投票を見て頂ければわかると思うが、1回目の投票で過半数を取ったレスリングはもはや戻さなくてはいけない競技というIOCの認識があるのがわかる。IOC理事は、事前にIOC委員からの声も聞いているはずなので、IOC委員の意見は反映された結果となっているに違いない。つまり、最後の一競技として残るのは、レスリングになる可能性が非常に高いと予想する。一方で、開催地が東京に決まれば野球・ソフトボールの可能性もあると少しは考えられるかもしれないが、2024年の競技継続の事も考えれば2020年は東京だからという判断は通用しないのではないかと思う。

    そして、最後に決まる第9代IOC会長は、トーマス・バッハ氏(ドイツ)が有力であると予想する。理由として、どの情報でもやはりトーマス・バッハ氏の名前が1人歩きしているからだ。また、唯一の対抗馬である同じIOC副会長のセルミャン・ウン氏(シンガポール)に関して、欧州出身のIOC委員が44人もいる欧州主導のIOCが、そのリーダーをアジア人にする事はなかなか考えにくいと思う。ローザンヌネットワークを観てきた自分自身がそれを一番痛感する点でもある。

  最後に、何度も言っているが、今後、招致レースはますます難しくなると予想される。今回の有力な候補がいない状況下で、絶好のチャンスを逃すと今後日本にオリンピックを持ってくるのは非常に難しくなる。2024年立候補を検討している国は、フランス・アメリカ・ロシア・中東・アジア新興国・アフリカと強敵揃いだからである。

     また、今回の招致合戦で世界のスポーツ界における日本の影響力がどの程度なのか分かる。オールジャパン体制として2016年時とは明らかな違いがある政府の支援、安倍首相が中東の票を固めるべく中東訪問をするなど、やれる事はすべてやっている本気の今回は、外交力と政治力も可能な限り利用しているはずだ。そんな中、万が一負ける事があれば、日本の世界のスポーツ界に対する影響力の低さを露呈し、そして、今後、ますます、その影響力が無くなる事が明確になる。

 日本がスポーツ大国になるためにも、世界のスポーツ界に影響力を持つためにも、今回の招致合戦は絶対に負けられない戦いなのである。